ラジオ少年の博物館 放送局型受信機
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ラジオ受信機は真空管の発達と共に性能も向上してきましたが、反面故障の頻発、
再生調節時の電波放射による聴取障害など問題も多く発生しました。
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日本放送協会では受信機や部品などの認定制度を導入し性能の向上を図るべく努力してきましたが
ラジオ業界の消極的態度により実効は上がっていませんでした。
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時局が緊張するなか、”戸毎にラジオ”を目標に、より積極的な方策の必要を痛感し
放送局型受信機の制定を行いました。
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具体的には、”外観、性能、構造、価格、”を単一にして、大量生産を図りうる受信機の規格制定です。
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昭和13年1月に制定した一号と三号は、鉄や銅の資源をふんだんに使い、性能を重視し、
故障の原因を少なくする設計で、理想を追求したものでした。
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昭和14年になると鉄や銅資源の不足が深刻になり、トランス類を節約した省資源型の十一号を追加しました。
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昭和15年になると資源逼迫の度合いは更に酷くなり、”鉄”と”銅”を消費するトランスを追放した
”トランスレス”方式の122号と123号が加わりました。
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以降、ラジオの製造は、基本的に”11号、122号、123号”の三種類に限定されました。
メーカー各社は、色も形も回路も、値段までも同一のラジオを販売することになりますが、
実際には従来からの”高級品”も製造販売が続けられたようです。
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詳細は以下の詳細画面をご覧下さい。